岐阜県で調剤薬局を経営する棚瀬様は、開業18年目を迎えた現在、更なる事業の成長のため、増産のための分包機の追加取得・在宅医療への本格参入・人員確保のための薬剤師採用という三つの課題を同時に抱えていました。そのタイミングで江尾税理士がご提案したのが、岐阜県による令和8年度「中小・小規模事業者パワーアップ応援補助金」(上限300万円)を軸にした一体的な解決策でした。申請締め切りまで1か月を切った中で、どのように戦略を組み立てたのか。対談を通じてお二人に語っていただきました。
たなせ調剤薬局は、岐阜県瑞穂市内に拠点を置く調剤薬局です。近隣の小児科内科を中心とした外来調剤と、地域の在宅クリニックと連携した在宅医療の両輪で事業を展開しており、開業から18年目を迎えた現在、さらなる事業拡大に向けて積極的な取り組みを進めています。
—補助金を活用しようと考えたきっかけと、当時の課題を教えてください

江尾:
棚瀬様の薬局は外来と在宅の両方を手がけていらっしゃいますが、今回ご相談いただいたのはどんな背景があったからでしょうか。
棚瀬様:
最近の物価高騰と労働者人口の減少を考えて、分包機の更新と薬剤師の採用をどうするか、ずっと頭の中にあって。特に在宅医療をもっと伸ばしていきたいという気持ちがあったので、そのための設備と人材が同時に必要な状況でした。
江尾:
調剤薬局業界を取り巻く外部環境から見ると、診療報酬は名目上プラス改定とはいいながら、実質はマイナス傾向が続いています。基本料が下げられて加算重視の仕組みに変わっているので、全部の加算を取らないとプラスにならない。一方、在宅医療は2040年に向けてニーズが増え続けることが想定されていましたよね。
棚瀬様:
そうなんですよね。外来の患者さんは高齢化で減っていく一方で、在宅のニーズはどんどん上がっていく。うちも在宅クリニックさんとのご縁からじわじわお客様が増えてきていて…
ここで分包機を更新して薬剤師を増やさないと、在宅を伸ばす機会を逃してしまう、という焦りがありました。
江尾:
ちょうどそのタイミングで、岐阜県の「中小・小規模事業者パワーアップ応援補助金(働き方改革枠)」の申請期間が4月から始まっていたんです。締め切りが5月15日なので、正直時間的には余裕がない状況でしたが、今回の課題感とこの補助金の趣旨がぴったり合っていると思ってご提案しました。
― 補助金の仕組みと活用の方針について、詳しく教えてください。
棚瀬様:
最初は「働き方改革の補助金」と言われても、薬局に関係あるの?という感じだったんですが(笑)。
江尾:
元々の趣旨は、人件費の上昇と労働人口の減少に悩む中小企業が、育休明けや高齢者など多様な人材を採用しやすくするための支援なんです。設備投資と人材確保の取り組みを組み合わせて申請できます。上限は300万円で、うち労働環境整備などの経費は100万円10割補助、残り200万円相当は3分の2補助という構造です。
棚瀬様:
じゃあ分包機と薬歴ソフトを両方入れて申請しようか、という話も最初はしていたんですよね。
江尾:
薬歴ソフトは初期費用だけでなくランニングコストもかかります。ただ補助の対象になるのは、交付決定後から年末までの約半年間に発生した費用だけ。ランニングコストは補助期間内の分しか出ないので、効果が限定的になってしまうんです。
棚瀬様:
なるほど。だったら分包機に絞った方がいい、ということになりましたね。
江尾:
そうです。もう一つ重要な点として、補助額は「実際に申請した金額の3分の2」が上限なので、金額を低く申請するほど補助額が伸びない仕組みになっています。分包機の見積もりが400〜500万円になる見込みでしたので、450万円以上の申請計画を組んで満額300万円を狙いに行く設計にしましょうとご提案しました。
棚瀬様:
それは言われるまで気づいていなかったです。少なめに申請しておけば確実、みたいな感覚でいたので。
申請額を多めに設計しておく方が補助の効果が上がるというのは、目から鱗でした。
― 人材採用と就業規則整備を、どう補助金申請と結びつけたのでしょうか。
江尾:
設備投資だけでなく、人材面の取り組みも申請内容に盛り込むと評価されます。棚瀬様の場合、採用面でどんな人材を求めていますか?
棚瀬様:
育休明けで短時間しか働けない薬剤師さんに来てもらいたいんですよね。うちは小児科の外来処方がメインなので、外来が動いていない10時から15時くらいの時間帯に、在宅の調剤をやってもらえると助かる。
江尾:
実はその発想、安全面でも非常に合理的なんです。小児科の外来処方と在宅の大人の処方が混在すると調剤事故のリスクがあるので、外来の時間と在宅の調剤時間を分けるのは正しい方針です。そういう勤務形態を就業規則に明記して、「育休明けの方でも働ける体制があります」という取り組みとして申請に盛り込みましょうとご提案しました。
棚瀬様:
設備の話をしていたのに、就業規則まで一緒に整理してもらえるとは思っていなくて。
分包機を買う話だけじゃなく、人の採用環境も一緒に整えてもらえた感じがしてありがたかったです。
江尾:
採用費用も100万円枠で申請できますし、たとえばハローワークへの求人掲載は無料でも「取り組み」として申請書に記載できます。Indeedの有料掲載は週単位で2〜3万円程度から始められるので、繁忙期だけ短期集中でやるのが費用対効果が高い。そういう具体的な採用活動も申請内容に盛り込んでいきました。
― 在宅医療の展望と、税理士との連携について聞かせてください。
棚瀬様:
今後は在宅をもっと増やしていきたくて。でも在宅クリニックとのコネクション次第なので、そこが難しいですよね。
江尾:
在宅医療の患者さんは、処方箋が在宅クリニックから流れてきます。だからB2B、つまり在宅クリニックとの関係構築が最優先になります。既存のご縁を大切にしながら、新規開拓も並行していくのが王道ですね。ちなみに訪問単価は個人宅で1件5,000円程度、施設なら1件3,000円前後ですが施設は複数人まとめて対応できるので、経営効率は施設の方が高い。バランスよく両方を伸ばしていくイメージです。
棚瀬様:
多店舗展開やM&Aも視野に入れていて、その辺りも相談しています。ゼロから立ち上げるより既存の薬局を買った方が早いかなと思っていて。
江尾:
新規出店だと1年目の監査対応が結構大変なんですが、M&Aで既存薬局を取得すれば管理薬剤師をそのまま引き継げるので、そのハードルが下がります。既存店舗が持っている在宅の症例を新しく取得した薬局にも分散させることで、1薬局あたりの収益性を上げるという戦略はとても有効だと思っています。
棚瀬様:
税理士さんって「お金の管理をする人」というイメージだったんですが、
経営の方向性まで一緒に考えてもらえるので、本当に頼りにしています。申請の骨子を4月中に固めて5月15日の締め切りに間に合わせましょうというペース感でやってもらっているので、安心しています。
編集後記
調剤薬局が、補助金申請というきっかけをもとに、設備投資・人材採用・在宅医療拡大という三つの課題を同時に整理した事例です。
江尾税理士からのアドバイスは、「分包機に絞って450万円以上の申請で300万円満額を狙う」「育休明け薬剤師向けの就業規則整備を人材施策として申請に組み込む」「ハローワーク+Indeedの短期有料掲載で採用コストを抑える」と、いずれも具体的で、すぐ動けるものでした。
「設備の話をしていたのに、採用の環境まで一緒に整えてもらえた」という棚瀬様の言葉からは、税務処理の代行にとどまらない、経営パートナーとしての信頼関係が伝わってきました。
インタビュアー:(沖田) 取材日:2026年6月